【May J.】新章スタート!私っぽさをなくす“革命”
8月27日、約7ヵ月ぶりのニューシングル「Spread Love」をリリースしたMay J.さん。彼女自身のルーツであるR&Bをベースにしたサウンドの中、本格的なラップに挑戦するなど、今までになかった新しい面を見せた作品となっています。これまでの作品や彼女へのパブリックイメージと比較した上で、この作品の魅力と、この境地に至ったMay J.さんの心境に迫りました!
ポジティブで、エネルギッシュで明るい、エンパワメントできる「Spread Love」!
──May J.さんは青春時代にどういった音楽を聴いていたんですか。
May J. ビヨンセとかアリシア・キーズですね。ディーヴァ世代です。
──そういう音楽を経ているだけに、J-POPや歌謡曲のカバーをたくさん歌っていることになんだか違和感があります。
May J. あはは! 面白いですよねえ(笑)。
──でも、今回の新曲「Spread Love」もそうですし、最近のMay J.さんの音源はかなり洗練されていてカッコいいですよね。yahyelの篠田ミルさんをプロデューサーに迎えて2021年にリリースしたアルバム『Silver Lining』とか。こう言ってしまうと失礼ですが、May J.さんというとカバーの印象が強いのでかなりびっくりしてしまって。あまりに驚いてツイート検索したんですよ。「May J. yahyel」で。
May J. はいはいはいはい。
──そうしたら、引っかかるは引っかかるんですけど、いわゆる音楽好きと呼ばれる層の反応の数が作品の内容に見合ってないなと思って。
May J. 多分、May J.だから聴かないんだと思う(笑)。
──でも、作品をつくったときはご自身としてもけっこう手応えはあったわけですよね。
May J. ありましたよ(笑)。私もちょこちょこ音楽好きな人のツイートを見るんですよ。そこでミルくんとかyahyelファンの人が「新しいMay J.に驚いた」みたいなツイートをしているのを見てすごく嬉しかったですね。
──1月にリリースしたシングル「Perch / Light the Way」も篠田さんプロデュースの素晴らしい内容で。でも、May J.さんのように十分なキャリアを積み重ねた上で『Silver Lining』みたいな挑戦をすることってかなりの冒険ですよね。
May J. うん、大冒険でしたね。
──最初は躊躇しませんでしたか。
May J. いや、全然なかったです。周りの人に言うと、「え、そんなミニマムな音で大丈夫……?」みたいな感じでしたけど(笑)。でも、そのときは自分の内面をさらけ出したいっていう気持ちがあったし、コロナ禍でいつもみたいな制作ができなかったので、そういう環境を逆に利用して今だからこその音楽ができたらいいなと思ってたし、そのときは自分の中にあるダークな部分と向き合っていた時期でもあったのでそういうミニマムなつくり方が合ってたんですよね。あと、時代の流れもあると思うんですけど、自分の家とか部屋でつくったような曲をけっこう聴くようになっていたので、自分でもやってみたいなって。
──もともとMay J.さんの中に渦巻いていたダークな感情と世間を覆うコロナ禍の暗さがあいまって。
May J. いろんな制限があったし、単純にライブができない、歌が歌えないっていうのは健康的じゃないなって。そうなるとだんだんマインドも視野も狭くなってしまって。でも、それはそれでそのときの自分の素直な気持ちだし、一度全部吐き出したいと思ったんです。で、吐き出してみたらスッキリして、それで「次につくる曲はもう、光の中だな!」って完全に吹っ切れた。
──でも、「Perch / Light the Way」はまだミニマムな感じでしたよね。
May J. それでも歌詞に負の要素はないんですよ。実は私、明るい曲はそんなに得意じゃなくて割と暗いのが好きなんですよ。根は明るいんですけど、音楽はちょっとミステリアスなもの、たとえばシャーデーとか神秘的なものが好きで。だから、放っておくとそういう音楽になっちゃうんですけど気持ちは光のほうに向かっていたので、あのときは2曲ともそういう感じになりました。
──では、今回の「Spread Love」は光の要素をより強めたもの。
May J. もう負の部分は完全になくて、ポジティブで、エネルギッシュで明るい、エンパワメントできる(力を与える)楽曲にしたかったんです。しかもこの曲だけではなくて、この先のアルバムまで見据えたプロジェクトとして始めようということで今井了介さんとつくることになったんですけど、その話自体は5年ぐらい前からしていて。
──そうだったんですね。
May J. 今井さんにはデビュー当時から曲をつくってもらっていたんですけど、会うたびに近況報告をしたり、「もっとこういう曲ができたらいいよね」みたいな話をしていたんです。それで5年前にジャネット・ジャクソンのライブを一緒に観に行った帰りに、「がっちりタッグ組んでアルバムつくりたいよね! May J.のイメージをガラッと変えるようなことをやりたいよね!」っていう話になったんですよ。で、そのことを今回のタイミングで思い出して、もともとアップデートされたR&Bをやりたかったし、「あー、これは今井さんだな!」と思って。今井さんなら私がこれまでやってきたことや苦労を全部知ってるし、世界中の音楽についてすごく詳しいから、今井さんと一緒にやったら間違いないんじゃないかと。
──なるほど。
May J. それで「私はこういう曲をやりたいんです」ってリファレンスをつくったり、今の私の心境を伝えたり。「もう、暗いのは嫌なんです」みたいな(笑)……まあ、嫌というわけではないんですけど、「私は傷ついてます」なんてもう言わなくていいよねって。そういう感情は『Silver Lining』で全部吐き出してるから先に進みたいっていう気持ちを話したら、この曲ができたんです。
──そういう経緯があったんですね。「Spread Love」はすごくいいですよね。篠田さんとサウンドの方向性こそ違うものの、すごく洗練されたサウンドで素敵です。
May J. あはは! うれしい(笑)。
──レコーディングする上で、カバーアルバムのときとテクニック的な面で違いはあったんでしょうか。
May J. はい。いつもは自分でディレクションをするんですよ。自分の判断で「これは間違いない」というものを自信持ってやっているんですけど、今回はいつもの自分を敢えて崩したかったんです。私の歌い方だと全部熱くなっちゃうんですよ。常に100パーセントを出す、どこにいても絶対に聞こえるような大きな声で歌う、みたいな。だけど今回はすごく引き算をしました。敢えてクールに歌ったり、気だるく歌ったり、ビブラートをかけなかったり。ビブラートをかける/かけない問題は私たちにとってすごく大きいことで、なぜかというと使う筋肉が全然違うんです。
──ああ、なるほど!
May J. だから最初はビブラートをかけずに歌うことができなくて。なんかもう、裸を見せてるような感じで逆に難しいっていう。そういう問題を乗り越えて、本当に1行ずつ録っていきました。
──それはすごい。
May J. 1行ずつ止めながら、ニュアンスを変えて。今回、isseiくんという作詞家の方がディレクションしてくれたんですけど、彼と一緒にめっちゃ時間をかけてベストな歌い方を探りました。
今までと同じことをしたくない。自分に革命を起こすほどだったレコーディング
──これまで歌で100パーセントを出していたというのはなぜですか。
May J. どこにいてもMay J.が歌ってるってわかってほしいというか。「誰になんと言われようがこれがMay J.です!」っていうプライドみたいなのがあったのかな。これまでずっとそれでやってきたから、自分の中でもそういう歌い方が定着していて、いい意味でも悪い意味でもそれがMay J.っぽい歌い方になってたんですよね。だけど、今回は最先端で新しいことをやりたかったし、時代に合わせて歌い方を工夫したくて。isseiくんは私の年下なんですけど、「よくなかったら容赦なく言ってください」ってお願いしてやりました。
──ある意味、これまでの自分を捨てたわけじゃないですね。
May J. 捨てたというより、引き算ですね。
──でも、「100パーセント出していくのがMay J.です」というところから引くってけっこうな決断ですよ。
May J. そうですね。だから、最初は手探りというか、「え、これで音足りるの?」みたいに不安なところはありました。「こんなに弱く歌っていいの?」「いや、こっちのほうが絶対いいです」って。
──レコーディングはどうでしたか。
May J. 1日で録ってるんですけど、isseiくんも(作編曲を手掛けた)前田くんも初めて一緒になった人たちなので、最初はすごく緊張しました。でも、そういう現場に行くのってなんか楽しいじゃないですか。長く活動していると緊張する現場ってだんだんなくなってしまうけど、この日は本当に自分に革命を起こすぐらいの出来事でした。
──なぜ今、「革命」を?
May J. やっぱり、音楽って常に変わっていくじゃないですか。だから、今までと同じことをしたくなくて。
──ここに来てそんな思いが。
May J. もちろん、毎回そういう気持ちなんですよ? 毎回何か新しい自分を見つけたいっていう思いで挑戦し続けてきたんですけど、今回はこういう形でした。
──「今回は」とおっしゃいますけど、『Silver Lining』からちゃんとつながってる感じがします。
May J. そうですね。そういう気持ちです。『Silver Lining』は「Unwanted」という曲から始まっていて<私は誰にも必要とされていない>というすごくネガティブな内容なんですけど、最後は<もう誰に何を言われても気にしない>という「Psycho (feat.大門弥生)」で終わるんですね。そこで光がちょっと見えてきて、今は完全に光の中にいるというフェーズです。
──それで言うと、「Psycho (feat.大門弥生)」のあとに続くボーナストラック「Flowers」との繋ぎ役を果たしている「(Un)wanted」はMay J.さんが英語で語るインタールードになっていますけど、「英語だからってかなり赤裸々だな」と思いましたよ。
May J. ふふふ。わかる人にはわかる(笑)。
──「Spread Love」の話に戻りますが、メッセージ性が強い歌詞で、May J.さんの想いがしっかり反映されていますよね。
May J. 1番には<自分も悩んでる>という気持ちが描かれているけど2番では自ら手を差し伸べていて、その感じがすごくいいなと思っていて。『Silver Lining』のときは「周りは全て敵」みたいに感じてしまっている自分がいて、勝手にシャットダウンしたり、人とのコネクションをなくしてしまったりしたんですけど、そういうのって本当にもったいないんですよね。だからこの曲では自ら進んで寄り添っていくというか、「私はあなたを受け入れるよ。だから怖がらずに飛び込んでおいでよ」というスタンスになっているんですよね。
──自分に否がないことについて過剰にバッシングされてきた末にその境地にたどり着けるってすごくないですか。
May J. いやもう、散々弱音を吐いたので、弱音を吐く自分がもう気持ち悪くなりましたね。
──あはは!
May J. 「もういい!」って思えるところまで沈んだら、あとはもう上がるしかないんですよ。
──僕も自分の担当したインタビューやライブレポがどう受け取られているか知るためにエゴサするんですよ。最近は「あいつはこういう人間だよな」みたいなことが書かれてて、「こいつ、人の歴史も知らないくせに好き勝手言いやがって」と思って。
May J. そう思いますよね。
──ネガティブなツイートはそれひとつだけなんですよ。だけど、一日中その「たったひとつ」に囚われてしまって。
May J. すっごくわかります(笑)。ひとつでも強いですよね。ツイートした本人にとってはなんともないツイートなのかもしれないけど。
──で、周りの人は「そんなの無視したほうがいいよ」みたいなことを言うけど、無視とかそういうことじゃないんですよね。もうすでに頭に残っちゃってるから。
May J. わかります。
──なので、繰り返しになりますけど、何も悪いことをしていないMay J.さんが世間から散々嫌な言葉を浴びせられてきて、そこから手を差し伸べるところまで行けるってすごく強いなと思いました。
May J. なんかもう、そういうところにいるほうが楽だと思ったんですよね。いちいち嫌な言葉に囚われて引きずられるのはすっごくもったいない。あと、さっき話したように、周りにいる人たちのことを勝手に敵みたいに見ちゃってる時期があって、それでライブがうまくいかなかったってそんなの誰のせいでもないんですよ。自分の妄想。それが本当に嫌だったんですね。そういう嫌な思いをたくさんしたから、あとはもう気にしないのがベストなんだなって思いました。
──じゃあ、ここから新章がスタートするという感覚なんでしょうか。
May J. 今はそうですね。
──ただの新規プロジェクトではなく、ここからのMay J.は違うと。
May J. ここからは違いますねえっ!
──すごく挑戦的な言い方をしましたね(笑)。
May J. これからアルバムが徐々に出来上がっていくんですけど、本当に合宿みたいな気持ちで取り組んでます。
「あ、上手いね」で終わりたくない。人間性やカルチャーを感じるものをつくりたい
──すでにほかの曲の制作にも入っているんですね。どんな雰囲気なんでしょうか。
May J. 曲があがってくるたびに「うわ、濃いのが来た! すごいなあ!」という感じですね。100発100中いい曲がくる。でも、私の手元に届くまでに今井さんがすっごいダメ出しをしてるんですよ。「これじゃダメだからもう1回つくって」みたいな。これは裏話ですけど、「Spread Love」も最初は違う感じで仕上がっていたのがひっくり返って、全くのゼロからつくり
直したと聞きました。だから、緊張感のある制作になってますね
──でも、それはいい緊張感ですね。
May J. うん、それができるのは今井さんしかいないと思いました。今回制作に関わってらっしゃるのは大御所の方ばかりなので。
──音楽面でこれだけの変化があると、ビジュアル面での見せ方も変えていきたくなるのでは。
May J. そうですね。これから撮るMVの監督は23歳の若い方なんですけどすごくしっかりしてて、今まで撮ったことのないような面白いアイデアが詰まった内容になりそうなので、ビジュアル面でもガラッと変えていきたいと思っています。
──世の中は混乱するでしょうね。
May J. いやいや(笑)。
──「ど、どうした?」って。ここまでの経緯をちゃんと追ってもらえれば納得できるんでしょうけど。
May J. そうですね。だから、インタビューをいっぱい読んでほしいです。あはは!
──でも、カバーアルバムはこの先もつくっていくんですよね。
May J. うん、そうですね。
──今、僕の中でMay J.さんに対する見方が現在進行系で変わっています。僕もほかの人と同じように、May J.さんが歌が上手いということを当たり前のように捉えちゃってるところがあって。
May J. なんか、「あ、上手いね」で終わるのが嫌で。「もう1回聴きたい!」と思ってもらえたり、人間性が見えたり、カルチャーを感じるようなものをつくりたかったんですよね。
──ああ、その変化を感じるからよりグッときてるのかもしれない。May J.さんの知名度を高めるきっかけのひとつにカラオケバトル系のテレビ番組がありますけど、あのバトルで勝った人の歌が必ずしもいいかと言ったらそうじゃないし、負けた人のほうがいい歌だと感じることもあったりしますよね。
May J. ね。でも、その「いい歌」を一般の人たちに伝えられる場所がないんですよ。何かの表みたいなものでわかりやすく示されていたりしないと認めてもらえない現実があって。だからこそ、カラオケの採点機能を使ったバトルに挑戦したことで「あ、こういうシンガーがいたんだ」と私のことを知ってもらえるきっかけになったんですよね。
──たしかに。
May J. だけどその反面、音符どおりにきちんと歌うというイメージがついてしまって。それがすごく役に立つこともあるけど、カルチャーを表現するという意味ではつながっていかないんですよね。そこでずっと苦戦していたというのはあると思う。そうやってなんでもきっちり歌う癖がついちゃってるから、今井さんも「それをなくしたい」って。だから今回、敢えて引き算で歌うというところに行き着いたんですよね。
──じゃあ、今は進化の真っ最中なんですね。
May J. はい!
──来たるアルバムの制作が全て終わったとき、そこにはこれまでとは全く違うMay J.さんがいると。
May J. あはは! 私はもう、この曲で相当しごかれたんで。今後何が来ても大丈夫だと思えるぐらいすごいセッションでした。
──一番大変だったのはどこですか。
May J. いや、もう全部です。これまでの私っぽさを一つひとつなくしていって。
──「私っぽさをなくす」というのは怖いけど、新しい自分を見つけるという作業でもありますね。
May J. そうですね。たとえばメイクをするときに、いつものメイクじゃなくてちょっとアイラインを跳ね上げてみたり、そういう小さな変化を歌でしてる感じかな。今っぽいメイクと古いメイクってあるじゃないですか。歌にもそういうのがあって。
──じゃあ、現在のMay J.さんは今っぽいメイクにしようとしている最中。
May J. そう、今っぽいメイクにしてる。「え、アイライン引かなくていいの?」みたいな。「アイラインないと目がはっきりしないじゃん……あ、でも、はっきりしてないほうが抜け感が出ていい」みたいな感じですね。
──では、これからのMay J.さんを表現するとしたら、どういう言葉になると思いますか。
May J. エンパワメントなのかな……過去の自分も否定していないし、「アップデート」のもっと違う言い方があればいいんですけどね。私のボキャブラリーにはないものなのかもしれない。
──それぐらいのことをしようとしているわけですね。本当に楽しみにしています。
May J. 私も楽しみです。「どう変わるんだろう?」って。
──その変化に対応していく自信もあるということですよね。
May J. はい。怖さはないです。レコーディングは毎回緊張しますよ? でも、楽しみのほうが強いです。
「Spread Love」
2023.08.27 デジタルリリース
■ 「ミュージカル『ボディガード』日本キャスト版」
2024年2月18日(日)~3月3日(日)
東京都 東急シアターオーブ
2024年3月9日(土)・10日(日)
山形県 やまぎん県民ホール(山形県総合文化芸術館)
2024年3月30日(土)~4月7日(日)
大阪府 梅田芸術劇場 メインホール
【May J. official site】
https://www.may-j.com/
【May J. YouTube Channel】
https://www.youtube.com/channel/UCrg88_EjmW8AxSph7PcNCUQ
【May J. Official Twitter】
https://twitter.com/mayjamileh
【May J. Official Twitter (Staff)】
https://twitter.com/MAYJ_STAFF
【May J. Instagram】
https://www.instagram.com/mayjamileh/
ポジティブで、エネルギッシュで明るい、エンパワメントできる「Spread Love」!
──May J.さんは青春時代にどういった音楽を聴いていたんですか。
May J. ビヨンセとかアリシア・キーズですね。ディーヴァ世代です。
──そういう音楽を経ているだけに、J-POPや歌謡曲のカバーをたくさん歌っていることになんだか違和感があります。
May J. あはは! 面白いですよねえ(笑)。
──でも、今回の新曲「Spread Love」もそうですし、最近のMay J.さんの音源はかなり洗練されていてカッコいいですよね。yahyelの篠田ミルさんをプロデューサーに迎えて2021年にリリースしたアルバム『Silver Lining』とか。こう言ってしまうと失礼ですが、May J.さんというとカバーの印象が強いのでかなりびっくりしてしまって。あまりに驚いてツイート検索したんですよ。「May J. yahyel」で。
May J. はいはいはいはい。
──そうしたら、引っかかるは引っかかるんですけど、いわゆる音楽好きと呼ばれる層の反応の数が作品の内容に見合ってないなと思って。
May J. 多分、May J.だから聴かないんだと思う(笑)。
──でも、作品をつくったときはご自身としてもけっこう手応えはあったわけですよね。
May J. ありましたよ(笑)。私もちょこちょこ音楽好きな人のツイートを見るんですよ。そこでミルくんとかyahyelファンの人が「新しいMay J.に驚いた」みたいなツイートをしているのを見てすごく嬉しかったですね。
──1月にリリースしたシングル「Perch / Light the Way」も篠田さんプロデュースの素晴らしい内容で。でも、May J.さんのように十分なキャリアを積み重ねた上で『Silver Lining』みたいな挑戦をすることってかなりの冒険ですよね。
May J. うん、大冒険でしたね。
──最初は躊躇しませんでしたか。
May J. いや、全然なかったです。周りの人に言うと、「え、そんなミニマムな音で大丈夫……?」みたいな感じでしたけど(笑)。でも、そのときは自分の内面をさらけ出したいっていう気持ちがあったし、コロナ禍でいつもみたいな制作ができなかったので、そういう環境を逆に利用して今だからこその音楽ができたらいいなと思ってたし、そのときは自分の中にあるダークな部分と向き合っていた時期でもあったのでそういうミニマムなつくり方が合ってたんですよね。あと、時代の流れもあると思うんですけど、自分の家とか部屋でつくったような曲をけっこう聴くようになっていたので、自分でもやってみたいなって。
──もともとMay J.さんの中に渦巻いていたダークな感情と世間を覆うコロナ禍の暗さがあいまって。
May J. いろんな制限があったし、単純にライブができない、歌が歌えないっていうのは健康的じゃないなって。そうなるとだんだんマインドも視野も狭くなってしまって。でも、それはそれでそのときの自分の素直な気持ちだし、一度全部吐き出したいと思ったんです。で、吐き出してみたらスッキリして、それで「次につくる曲はもう、光の中だな!」って完全に吹っ切れた。
──でも、「Perch / Light the Way」はまだミニマムな感じでしたよね。
May J. それでも歌詞に負の要素はないんですよ。実は私、明るい曲はそんなに得意じゃなくて割と暗いのが好きなんですよ。根は明るいんですけど、音楽はちょっとミステリアスなもの、たとえばシャーデーとか神秘的なものが好きで。だから、放っておくとそういう音楽になっちゃうんですけど気持ちは光のほうに向かっていたので、あのときは2曲ともそういう感じになりました。
──では、今回の「Spread Love」は光の要素をより強めたもの。
May J. もう負の部分は完全になくて、ポジティブで、エネルギッシュで明るい、エンパワメントできる(力を与える)楽曲にしたかったんです。しかもこの曲だけではなくて、この先のアルバムまで見据えたプロジェクトとして始めようということで今井了介さんとつくることになったんですけど、その話自体は5年ぐらい前からしていて。
──そうだったんですね。
May J. 今井さんにはデビュー当時から曲をつくってもらっていたんですけど、会うたびに近況報告をしたり、「もっとこういう曲ができたらいいよね」みたいな話をしていたんです。それで5年前にジャネット・ジャクソンのライブを一緒に観に行った帰りに、「がっちりタッグ組んでアルバムつくりたいよね! May J.のイメージをガラッと変えるようなことをやりたいよね!」っていう話になったんですよ。で、そのことを今回のタイミングで思い出して、もともとアップデートされたR&Bをやりたかったし、「あー、これは今井さんだな!」と思って。今井さんなら私がこれまでやってきたことや苦労を全部知ってるし、世界中の音楽についてすごく詳しいから、今井さんと一緒にやったら間違いないんじゃないかと。
──なるほど。
May J. それで「私はこういう曲をやりたいんです」ってリファレンスをつくったり、今の私の心境を伝えたり。「もう、暗いのは嫌なんです」みたいな(笑)……まあ、嫌というわけではないんですけど、「私は傷ついてます」なんてもう言わなくていいよねって。そういう感情は『Silver Lining』で全部吐き出してるから先に進みたいっていう気持ちを話したら、この曲ができたんです。
──そういう経緯があったんですね。「Spread Love」はすごくいいですよね。篠田さんとサウンドの方向性こそ違うものの、すごく洗練されたサウンドで素敵です。
May J. あはは! うれしい(笑)。
──レコーディングする上で、カバーアルバムのときとテクニック的な面で違いはあったんでしょうか。
May J. はい。いつもは自分でディレクションをするんですよ。自分の判断で「これは間違いない」というものを自信持ってやっているんですけど、今回はいつもの自分を敢えて崩したかったんです。私の歌い方だと全部熱くなっちゃうんですよ。常に100パーセントを出す、どこにいても絶対に聞こえるような大きな声で歌う、みたいな。だけど今回はすごく引き算をしました。敢えてクールに歌ったり、気だるく歌ったり、ビブラートをかけなかったり。ビブラートをかける/かけない問題は私たちにとってすごく大きいことで、なぜかというと使う筋肉が全然違うんです。
──ああ、なるほど!
May J. だから最初はビブラートをかけずに歌うことができなくて。なんかもう、裸を見せてるような感じで逆に難しいっていう。そういう問題を乗り越えて、本当に1行ずつ録っていきました。
──それはすごい。
May J. 1行ずつ止めながら、ニュアンスを変えて。今回、isseiくんという作詞家の方がディレクションしてくれたんですけど、彼と一緒にめっちゃ時間をかけてベストな歌い方を探りました。
今までと同じことをしたくない。自分に革命を起こすほどだったレコーディング
──これまで歌で100パーセントを出していたというのはなぜですか。
May J. どこにいてもMay J.が歌ってるってわかってほしいというか。「誰になんと言われようがこれがMay J.です!」っていうプライドみたいなのがあったのかな。これまでずっとそれでやってきたから、自分の中でもそういう歌い方が定着していて、いい意味でも悪い意味でもそれがMay J.っぽい歌い方になってたんですよね。だけど、今回は最先端で新しいことをやりたかったし、時代に合わせて歌い方を工夫したくて。isseiくんは私の年下なんですけど、「よくなかったら容赦なく言ってください」ってお願いしてやりました。
──ある意味、これまでの自分を捨てたわけじゃないですね。
May J. 捨てたというより、引き算ですね。
──でも、「100パーセント出していくのがMay J.です」というところから引くってけっこうな決断ですよ。
May J. そうですね。だから、最初は手探りというか、「え、これで音足りるの?」みたいに不安なところはありました。「こんなに弱く歌っていいの?」「いや、こっちのほうが絶対いいです」って。
──レコーディングはどうでしたか。
May J. 1日で録ってるんですけど、isseiくんも(作編曲を手掛けた)前田くんも初めて一緒になった人たちなので、最初はすごく緊張しました。でも、そういう現場に行くのってなんか楽しいじゃないですか。長く活動していると緊張する現場ってだんだんなくなってしまうけど、この日は本当に自分に革命を起こすぐらいの出来事でした。
──なぜ今、「革命」を?
May J. やっぱり、音楽って常に変わっていくじゃないですか。だから、今までと同じことをしたくなくて。
──ここに来てそんな思いが。
May J. もちろん、毎回そういう気持ちなんですよ? 毎回何か新しい自分を見つけたいっていう思いで挑戦し続けてきたんですけど、今回はこういう形でした。
──「今回は」とおっしゃいますけど、『Silver Lining』からちゃんとつながってる感じがします。
May J. そうですね。そういう気持ちです。『Silver Lining』は「Unwanted」という曲から始まっていて<私は誰にも必要とされていない>というすごくネガティブな内容なんですけど、最後は<もう誰に何を言われても気にしない>という「Psycho (feat.大門弥生)」で終わるんですね。そこで光がちょっと見えてきて、今は完全に光の中にいるというフェーズです。
──それで言うと、「Psycho (feat.大門弥生)」のあとに続くボーナストラック「Flowers」との繋ぎ役を果たしている「(Un)wanted」はMay J.さんが英語で語るインタールードになっていますけど、「英語だからってかなり赤裸々だな」と思いましたよ。
May J. ふふふ。わかる人にはわかる(笑)。
──「Spread Love」の話に戻りますが、メッセージ性が強い歌詞で、May J.さんの想いがしっかり反映されていますよね。
May J. 1番には<自分も悩んでる>という気持ちが描かれているけど2番では自ら手を差し伸べていて、その感じがすごくいいなと思っていて。『Silver Lining』のときは「周りは全て敵」みたいに感じてしまっている自分がいて、勝手にシャットダウンしたり、人とのコネクションをなくしてしまったりしたんですけど、そういうのって本当にもったいないんですよね。だからこの曲では自ら進んで寄り添っていくというか、「私はあなたを受け入れるよ。だから怖がらずに飛び込んでおいでよ」というスタンスになっているんですよね。
──自分に否がないことについて過剰にバッシングされてきた末にその境地にたどり着けるってすごくないですか。
May J. いやもう、散々弱音を吐いたので、弱音を吐く自分がもう気持ち悪くなりましたね。
──あはは!
May J. 「もういい!」って思えるところまで沈んだら、あとはもう上がるしかないんですよ。
──僕も自分の担当したインタビューやライブレポがどう受け取られているか知るためにエゴサするんですよ。最近は「あいつはこういう人間だよな」みたいなことが書かれてて、「こいつ、人の歴史も知らないくせに好き勝手言いやがって」と思って。
May J. そう思いますよね。
──ネガティブなツイートはそれひとつだけなんですよ。だけど、一日中その「たったひとつ」に囚われてしまって。
May J. すっごくわかります(笑)。ひとつでも強いですよね。ツイートした本人にとってはなんともないツイートなのかもしれないけど。
──で、周りの人は「そんなの無視したほうがいいよ」みたいなことを言うけど、無視とかそういうことじゃないんですよね。もうすでに頭に残っちゃってるから。
May J. わかります。
──なので、繰り返しになりますけど、何も悪いことをしていないMay J.さんが世間から散々嫌な言葉を浴びせられてきて、そこから手を差し伸べるところまで行けるってすごく強いなと思いました。
May J. なんかもう、そういうところにいるほうが楽だと思ったんですよね。いちいち嫌な言葉に囚われて引きずられるのはすっごくもったいない。あと、さっき話したように、周りにいる人たちのことを勝手に敵みたいに見ちゃってる時期があって、それでライブがうまくいかなかったってそんなの誰のせいでもないんですよ。自分の妄想。それが本当に嫌だったんですね。そういう嫌な思いをたくさんしたから、あとはもう気にしないのがベストなんだなって思いました。
──じゃあ、ここから新章がスタートするという感覚なんでしょうか。
May J. 今はそうですね。
──ただの新規プロジェクトではなく、ここからのMay J.は違うと。
May J. ここからは違いますねえっ!
──すごく挑戦的な言い方をしましたね(笑)。
May J. これからアルバムが徐々に出来上がっていくんですけど、本当に合宿みたいな気持ちで取り組んでます。
「あ、上手いね」で終わりたくない。人間性やカルチャーを感じるものをつくりたい
──すでにほかの曲の制作にも入っているんですね。どんな雰囲気なんでしょうか。
May J. 曲があがってくるたびに「うわ、濃いのが来た! すごいなあ!」という感じですね。100発100中いい曲がくる。でも、私の手元に届くまでに今井さんがすっごいダメ出しをしてるんですよ。「これじゃダメだからもう1回つくって」みたいな。これは裏話ですけど、「Spread Love」も最初は違う感じで仕上がっていたのがひっくり返って、全くのゼロからつくり
直したと聞きました。だから、緊張感のある制作になってますね
──でも、それはいい緊張感ですね。
May J. うん、それができるのは今井さんしかいないと思いました。今回制作に関わってらっしゃるのは大御所の方ばかりなので。
──音楽面でこれだけの変化があると、ビジュアル面での見せ方も変えていきたくなるのでは。
May J. そうですね。これから撮るMVの監督は23歳の若い方なんですけどすごくしっかりしてて、今まで撮ったことのないような面白いアイデアが詰まった内容になりそうなので、ビジュアル面でもガラッと変えていきたいと思っています。
──世の中は混乱するでしょうね。
May J. いやいや(笑)。
──「ど、どうした?」って。ここまでの経緯をちゃんと追ってもらえれば納得できるんでしょうけど。
May J. そうですね。だから、インタビューをいっぱい読んでほしいです。あはは!
──でも、カバーアルバムはこの先もつくっていくんですよね。
May J. うん、そうですね。
──今、僕の中でMay J.さんに対する見方が現在進行系で変わっています。僕もほかの人と同じように、May J.さんが歌が上手いということを当たり前のように捉えちゃってるところがあって。
May J. なんか、「あ、上手いね」で終わるのが嫌で。「もう1回聴きたい!」と思ってもらえたり、人間性が見えたり、カルチャーを感じるようなものをつくりたかったんですよね。
──ああ、その変化を感じるからよりグッときてるのかもしれない。May J.さんの知名度を高めるきっかけのひとつにカラオケバトル系のテレビ番組がありますけど、あのバトルで勝った人の歌が必ずしもいいかと言ったらそうじゃないし、負けた人のほうがいい歌だと感じることもあったりしますよね。
May J. ね。でも、その「いい歌」を一般の人たちに伝えられる場所がないんですよ。何かの表みたいなものでわかりやすく示されていたりしないと認めてもらえない現実があって。だからこそ、カラオケの採点機能を使ったバトルに挑戦したことで「あ、こういうシンガーがいたんだ」と私のことを知ってもらえるきっかけになったんですよね。
──たしかに。
May J. だけどその反面、音符どおりにきちんと歌うというイメージがついてしまって。それがすごく役に立つこともあるけど、カルチャーを表現するという意味ではつながっていかないんですよね。そこでずっと苦戦していたというのはあると思う。そうやってなんでもきっちり歌う癖がついちゃってるから、今井さんも「それをなくしたい」って。だから今回、敢えて引き算で歌うというところに行き着いたんですよね。
──じゃあ、今は進化の真っ最中なんですね。
May J. はい!
──来たるアルバムの制作が全て終わったとき、そこにはこれまでとは全く違うMay J.さんがいると。
May J. あはは! 私はもう、この曲で相当しごかれたんで。今後何が来ても大丈夫だと思えるぐらいすごいセッションでした。
──一番大変だったのはどこですか。
May J. いや、もう全部です。これまでの私っぽさを一つひとつなくしていって。
──「私っぽさをなくす」というのは怖いけど、新しい自分を見つけるという作業でもありますね。
May J. そうですね。たとえばメイクをするときに、いつものメイクじゃなくてちょっとアイラインを跳ね上げてみたり、そういう小さな変化を歌でしてる感じかな。今っぽいメイクと古いメイクってあるじゃないですか。歌にもそういうのがあって。
──じゃあ、現在のMay J.さんは今っぽいメイクにしようとしている最中。
May J. そう、今っぽいメイクにしてる。「え、アイライン引かなくていいの?」みたいな。「アイラインないと目がはっきりしないじゃん……あ、でも、はっきりしてないほうが抜け感が出ていい」みたいな感じですね。
──では、これからのMay J.さんを表現するとしたら、どういう言葉になると思いますか。
May J. エンパワメントなのかな……過去の自分も否定していないし、「アップデート」のもっと違う言い方があればいいんですけどね。私のボキャブラリーにはないものなのかもしれない。
──それぐらいのことをしようとしているわけですね。本当に楽しみにしています。
May J. 私も楽しみです。「どう変わるんだろう?」って。
──その変化に対応していく自信もあるということですよね。
May J. はい。怖さはないです。レコーディングは毎回緊張しますよ? でも、楽しみのほうが強いです。
撮影 長谷英史
「Spread Love」
2023.08.27 デジタルリリース
■ 「ミュージカル『ボディガード』日本キャスト版」
2024年2月18日(日)~3月3日(日)
東京都 東急シアターオーブ
2024年3月9日(土)・10日(日)
山形県 やまぎん県民ホール(山形県総合文化芸術館)
2024年3月30日(土)~4月7日(日)
大阪府 梅田芸術劇場 メインホール
【May J. official site】
https://www.may-j.com/
【May J. YouTube Channel】
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- WRITTEN BY阿刀“DA”大志
- 1975年東京都生まれ。学生時代、アメリカ留学中にHi-STANDARDのメンバーと出会ったことが縁で1999年にPIZZA OF DEATH RECORDSに入社。現在は、フリーランスとしてBRAHMAN/OAU/the LOW-ATUSのPRや音楽ライターなど雑多に活動中。
Twitter:@DA_chang