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【スカイツリーが金色に!?】Global Gold September Campaignとは?

2021.09.17
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去る9月9日、東京スカイツリー®において世界小児がん啓発キャンペーン「Global Gold September Campaign supported by 第一生命保険」のイベントが行われました。キャンペーンの主旨に沿って、スカイツリーがゴールドにライトアップされたこのイベント。ゴールドの理由や小児がんを巡る状況についてのシンポジウム、moumoonによるスペシャルライブも行われたこの日の模様をレポートします。また後半は、この主旨に賛同して9月18日に「ヒサと共に。2021」を開催する湘南ベルマーレ代表取締役の水谷尚人さんにお話を伺いました。


「小児がんは今は治癒が望める病気になっている」


9月9日、東京スカイツリー。この日は朝から雨でしたが、だんだん小降りになって、夕方にはやみました。イベント開始の18時を前にして、ステージ上に用意されていた屋根は撤去。分厚そうな雲が空一面を覆ってはいたものの、雨に降られる心配はなさそうという状況で、スタートの時間を迎えました。
 
この日、東京スカイツリー®タウン8階ドームガーデンで行われたのは、世界小児がん啓発キャンペーン「Global Gold September Campaign supported by 第一生命保険」。「ゴールド・セプテンバー」のイベントとしては日本初開催となります。そもそも「ゴールド・セプテンバー」って何? と思われるかもしれませんが、その答えは後ほど。
 
イベントは二部構成。一部はシンポジウムとして、まずは国立成育医療研究センター小児がんセンター センター長の松本公一さんが登壇。「今伝えたい小児がんのこと」をテーマに講演が行われました。
 


小児がんは種類が多く診断が難しいという側面があるものの、新しい薬剤の導入により治癒が望める病気になっていること。現在、日本では5年生存率が80%以上になっていることが紹介されました。ただし、いいことばかりではありません。40%以上の患者さんに長期の合併症が認められ、フォローアップが大事であるという一面も。
 
それから松本さんは、以前に小児がんの患者さんがくれたという手紙を読み上げました。松本さんらに感謝の意を表し、「これからも頑張ってたくさんの患者さんを治してください」という内容でしたが、その女性も20歳過ぎで亡くなったとのこと。
 
WHO(世界保健機構)では、世界での治癒率を60%に引き上げようという目標を立てているそうです。国や地方によっては医療や衛生の環境がよくないところもある中、そしてコロナ禍でさらなる負担がかかる中、医療者の方々は懸命に努力しています。
 
続いての登壇は、公益財団法人 がんの子供を守る会の山下公輔理事長。山下さんは「なぜ金色が小児がんのシンボルなのか」を説明。そう、冒頭のイベント名にあった「ゴールド・セプテンバー」の理由です。
 


そのお話によれば、アメリカのACCO(アメリカ小児がん協会)が、約6年前に啓発のためのシンボルが必要ということから、小児がんを象徴する色(アウェアネス・リボンの色)をゴールドに決定。同時に、子供たちに必要な医療や研究に光が照らされることを目的として、各地の施設やモニュメントを金色に点灯する「ゴールド・セプテンバー・キャンペーン」が開始されました。
 
ではなぜ金色なのでしょう。金は高価な金属であるというところが、世界にとって子供が貴重かつ重要な存在である点と一致すること。また金は高熱によって精錬される点と、子供たちがいろんなことを経験することで成長していく点も共通するということで、金色に決まったのだそうです。

SIOP(国際小児がん学会)からの呼びかけにJCCG(日本小児がん研究グループ)が応える形で、日本国内でのライトアップによる小児がん啓発のキャンペーンが始動。日本初の開催となる今回は全国17ヵ所でライトアップが行われることとなりました。東京スカイツリーでのライトアップは、小児がん支援ライブ開催経験のある一般社団法人Empower Children、小児がん支援に理解のある第一生命のサポートにより実現し、この日本初のイベントのシンボル的な役割を担っているとのこと。

一部の最後は、元SKE48のタレント、矢方美紀さんと松本センター長によるトーク。矢方さんは4年前に25歳で乳がんを発症した、AYA世代(思春期・若年成人)のがんサバイバーです。



矢方さんはご自身の入院の際に看護士さんとのコミュニケーションで助けられた経験談を披露。また通院中も、抗がん剤治療による脱毛を隠すウィッグや抗がん剤の副作用について、病院内のアピアランス・サポートセンターで教えてもらったことを話していました。また、「インターネットで調べても情報が多すぎて分からなくなりますが、主治医の先生と話すことで、自分の状況に応じた情報が得られました」とも。
 
矢方さんはがん治療の際、時間と費用の問題から治療を最優先することを選択し、卵子保存ができなかったそうです。今年4月からは国の助成金も下りるようになったことを紹介するとともに、「自分の考えを伝えることが大切」と、矢方さん。
 
松本さんから「闘病中の支えになったものは」と聞かれると、「家族、仕事をしたいという思い、希望を聞いてくれる友人」と答えた矢方さん。また同世代の方へのメッセージとして、「25歳の時にステージ3Aという診断を受けてビックリしましたが、病気を通して同世代の友達もたくさんできたし、同病の人の存在が支えになりました。がんはセルフチェックで早期発見できれば、治癒率も上がります。自分の体と向き合うことを忘れずに」と語っていました。


初秋の夜空に響き渡るmoumoonの歌声、そしてライトアップ!



続いての二部は、まずmoumoonによるスペシャルライブ。残暑も緩んで涼しさが感じられる中、YUKAさんとMASAKIさんの2人がステージに登場し、1曲目は「にじ」を披露。この曲は類まれな音楽の才能を持ちながら、小児がんで16歳にしてこの世を去った加藤旭さんの原曲によるもの。moumoonのお2人が小児がん患者の子供たちに向けて歌う活動のきっかけとなったのが、加藤さんとの出会いだったとのこと。YUKAさんは「彼の楽曲を聴いて、音楽について大切なことを教わりました。悩んでいた時期に、答えをもらいました」という言葉とともにこの曲を紹介。MASAKIさんのギター、YUKAさんの歌とウィンドチャイムというシンプルな編成による「にじ」は、秋の夜に響き渡るようでした。
 
2曲目はMASAKIさんの口笛も交えての「Sunshine Girl」。そしてラストは今年2月、国際小児がんデーに合わせて制作された「My Hero ~奇跡の唄~」。原曲はつんく♂さん作詞、坂本龍一さん作曲で、多くのアーティストやがんサバイバーの子供たちによってレコーディングされたものですが、moumoonとしてライブで披露するのはこれが初めてとのこと。サビではYUKAさんの歌声がひときわ力強く感じられました。
 
moumoonのパフォーマンスを楽しんだ後は、いよいよスカイツリー点灯式のセレモニー。ここでは「ゴールドにまつわるスペシャルなゲスト」として、ピコ太郎さんも登場。



ピコ太郎さん、矢方さん、moumoonのお二人が壇上に並ぶと、ピコ太郎さんは「子供を守らないで大人は何の仕事をするんだ」ということで賛同し、「この活動をもっと知ってもらうために正装で来ました」とのこと。
 
「5・4・3・2・1・ゴールド・セプテンバー!」というカウントダウンのかけ声のもと、スカイツリーが金色に染まると、歓声が湧き起こりました。このライトアップでは「スカイツリー史上でも一番のゴールド感」が出るように設定されたとのことで、小児がんの子供たちを照らすために少し暖かみのある色味になっているとのこと。しかもこの日は雨上がりということもあって、てっぺんのあたりにはもやがかかり、さらに幻想的なムードを醸し出していました。その様子を見たピコ太郎さんは「宇宙から来た優しいUFOみたいですね。あの宇宙人は優しいですよ」とコメント。
 
矢方さんは「これをきっかけにいろんな人が知ってくれれば」、YUKAさんは「キレイで感動しました。これを機に支援の輪が広がれば。見た人は、知らない人に教えてあげてほしいです」と感想を述べて、二部構成のイベントは終了。この日の模様は無料生配信されていましたが、9月30日まではアーカイブ配信で視聴することができます。


 
またmu-mo LIVE、Z-aNではドネーション付き視聴チケット(100円~)も用意されています。
https://www.g-gsc.com/donation



湘南ベルマーレも「Global Gold September Campaign」に賛同。その理由とは?


「Global Gold September Campaign」のライトアップは全国14ヵ所で行われますが、その中には江ノ島シーキャンドル(展望灯台)と小田原城、平塚駅南口広場も含まれます。これは湘南ベルマーレの協力によるもの。ベルマーレがチームを挙げてこのキャンペーンに賛同しているのは、ベルマーレのフットサルクラブに所属し昨年12月に肺がんで亡くなられた久光重貴選手の、生前の活動がきっかけでした。



9月18日に開催される「ヒサと共に。2021」(https://www.bellmare.co.jp/268235)のことと久光選手について、湘南ベルマーレ代表取締役の水谷尚人さんにお話を伺いました。


──久光選手が生前から行われていた小児がんやがん患者への取り組みを、チームとして支援されていたわけですが、そういった活動にあたっては、久光さんといろいろと話し合われてきたことと思います。
 
水谷 そうですね。久光自身が2013年にがんが見つかった時、僕はベルマーレのフットサルチームの方の社長をやっていたんです。それで彼は2008年にベルマーレのフットサルチームに入ってるんですが、その時からずっと一緒に歩んでいて、実際、影が見つかってがんと診断された時も近くにいたんですね。本人自身はすごくしっかりした人間なんですが、やはり相当なショックを受けていて。僕は経験したことないので何とも言えないんですが。

ただ、最初の入院時に彼の病室に行ったら彼はいなくて、一緒の部屋のおばちゃんとかおじいちゃんに、「あんた久光さんの友達か」って言われて。「彼が来てくれてすごく病室が明るくなった」って言ってもらったんですね。
 
それはどういうことですかって言ったら、みんなに声をかけてくれるし、「足がむくむんだったらこうやってストレッチしたら」とか、「こういうふうに歩いたら体にいいですよ」とか、すごくいろいろやってくれたんだと。自分は多分すごいショックを受けて錯乱状態だった中で、それだけ他者をおもんぱかっていたんだなあと。
 
──そうなんですね。
 
水谷 また彼は日本代表だったものですから、そのことを知った医師から、「そういうことであれば、小児病棟とかで何かやってくれないか」みたいな話があって、小っちゃいボールを持っていって「これで蹴ろうよ」と。その後、先生からは「これはぜひ続けてほしい」と。ヒサは多分つらかったと思うんすけど、「はい」と。「何でですか」と聞いたら、「この子たちはもう本物を見ることができないかもしれない」って先生が言うんですね。
 
外に出ることができないかもしれない。新幹線とか船とかも見られないかもしれない中で、本物のプロフットサル選手が来てくれて、本物に触れて一緒にボールを蹴ることによって、めっちゃ笑顔になってますよねと言っていただいて。子供が笑うと、お母さんお父さんが笑うんですよねと。お父さんお母さんが笑うと、看護師さんが笑うんですよねと。そうすると我々も嬉しいと。そんな笑顔の連鎖が生まれるこの活動はぜひ続けてほしい、と当初言われて。久光とこれはやった方がいいよねという話をしたんです。彼も体調の問題とかいろいろあったんですが、こんなきっかけで始まったものですし、その場に僕もいたので、クラブとしてみんなで手伝っていこうよというのが背景にあると思ってます。
 
──なるほど。亡くなられた後も彼の遺志を継ぐということで、今回のキャンペーンだったりにも繋がっていると。

水谷 そうですね。そのキャンペーン自体の話は具体的には久光ともそんなにしてないんですけど、彼が最後に入院した時に、同じ部屋に郵便局の方がいらっしゃって。その方も去年亡くなられたんですが、その方と久光が話をしていて、同じエリアを担当されている方だったので、スポーツとかフットサルとかサッカーを通じて郵便局と一緒に何か活動しようよって約束を彼らがしていたと。その時、一緒に僕もお会いしたんですが、実は9月にこういう活動があるということは、2人は知っていて。
 
実はその約束を果たせないないまま2人とも亡くなられてしまったんですが、僕らは彼ら2人の意思を継いでこの活動をやってきますっていうお話をしたときに、県立がんセンターの後藤先生から連絡いただいて、だったら「Gold September Campaign」に参加しませんかというメールをいただいて、今に至ったという感じですね。
 
──18日には「ヒサと共に。2021」というイベントが開催されて、久光選手の映像が流される他、マッチデープログラムをみんなで掲げることで、客席をゴールドに染めると。みんなで思いを共有するわけですね。

水谷 まさに知っていただくという、ことが一番大切なのかなと思っています。と同時に、江ノ島シーキャンドルと小田原城のライトアップ、平塚駅南口広場も行われます。
 
──いろんなところでライトアップをやってもらうということについては、お話はスムーズにいったんでしょうか。
 
水谷 非常にスムーズでしたね。「はい、いいよ」という感じで賛同していただきました。スムーズすぎて、ちょっと意外でしたけど。趣旨に賛同してくださったのはもちろんですが、やはりベルマーレが地域に支えられていて、地域の人と一緒が歩んでいるから、こういう話も早いのかなと思います。平塚駅南口に噴水公園というちっちゃい公園があるんですが、ここは我々の発信した記事を見て、独自に今ゴールドにしてくれてます
 
──そうなんですか!

水谷 「やりましたから」と言われたので、後付けで僕らもご報告しましたけど(笑)。
 
──小児がんで苦しんでるお子さんや家族がいらっしゃること、その周辺の状況だったりとかを、サッカーやフットサルを通じて知っていただくということには、かなり大きな意義がありますよね。


 
水谷 そう思っていますし、「ヒサと共に。」という活動は、彼とずっとそのメッセージのもとに活動してきたんですけど、彼はいろいろな言葉を残してくれていて、その一つ一つを皆さんに伝えていきたいとも思っています。最初はその小児病棟から始まったんですが、彼は「がんは治るんだよ」ということを子供たちに言い続けたんです。「俺もがんだけど、俺も絶対治すから、だからみんなもいろいろあるかもしれないけど学校に行こうよ」とかっていう声掛けをずっとしていて、それは彼の発信力だからできた部分もあると思いますけども、微力ながらクラブでもそれはやっぱり受け継いでいかなくちゃいけないなというふうに思ってますね。別の子で、がんではないんですが足が悪くて、いじめられるから行かないっていう子がいたんです。それはもう絶対俺も頑張るから、行こうよと。その子は毎試合、ご両親と車椅子で来て応援してくれていて、ヒサは何回か入院したり戻ったりを繰り返していたんですが、「次に俺が戻ったときには一緒に入場しよう」って言って、その彼を車椅子から立たせて、久光が抱きかかえて一緒に入場したんです。それで勇気をもらった子もいますし、やっぱり親御さんも「じゃあ、やっぱり学校に行こう」となったりしますね。そういう活動をしていくと、その子に対してチームの周りの選手たちも声掛けをしたりするようになるので、そういうことができることがあるんであれば我々は続けたいなと思います。
 
──そういったことを考えても、やはり久光選手の存在は大きいですね。
 
水谷 僕の中では本当に大きいですね。でも、最初はチンピラみたいな格好をしてたんですよ。もともとはいそういう人間が、ちゃんとそういうふうになっていくんじゃないですかね。
 
──そうやっていくことで、がんだけでなく、いろんな困難な状況にあるお子さんだったりとかにも影響を与えられていると。
 
水谷 はい、そうなっていってるんじゃないかなと思います。僕らは、もっとチームが……平たく言うと強くなって、発信力を持っていくようにするのも大切だと思ってます。
 
──もちろんこのキャンペーンというのはこれからも継続されるわけですよね?
 
水谷 できればお付き合いさせていただきたいなと思ってます。その他にもフットサルリボン(小児病棟への慰問活動)の活動は継続しますし、久光の弟と一緒にミーティングしながらやっています。
 
──久光選手が亡くなったことで、言わば先導者を失った状態ではあるとは思うんですが、その中でも続けるっていうことにも、やはり重要性があると思います。
 
水谷 まさにそうだと思っています。「フットサルリボン」をどうするかという話を、実はヒサが亡くなってからすぐ、弟と共同代表の鈴村(デウソン神戸監督)とかなり話をして、「できる範囲でやっていこう、それを心の糧にしてる人もいるんだから」みたいなことは話しました。
 
──活動していく中では困難も当然あるでしょうし、その困難を乗り越えて気持ちがまた強くなる部分というのもありますよね。
 
水谷 そうだと思います。待ってる人がいるというのもありますし。ヒサにはサッカーのトップチームのキャンプでも、1回話をしてもらってるんですよ。例年、これだけは刺激を与えたいということで、成長を促すために海外でキャンプしているんですが、2016年はトルコの情勢が悪くなって沖縄でやったんですね。その時に久光に来てもらって、選手たちに話をしてもらったんです。選手たちは午後練習して、夕食を取ってからのミーティングなので、普通はだいたいみんな眠くなるんですけど、当然久光の話の時は一人も寝なかったですね。しかも彼は、「多分みんな、僕が先に死ぬと思ってるよね」って言葉を投げるんです。当然誰も答えられないんですけど、「でも今そこの扉を出てちょっと歩いて、車が突っ込んできたら、あんた先に死ぬよ」って言うんですね。「であれば、今目の前にあるサッカーとか、この時間を大切にして全力でやった方がいいんじゃないか」という話なんですが、僕らがどれだけ「一生懸命やれ」と言うよりも、100倍響く言葉なんです。そんなことも経ながらやってきているので、久光の影響は大きいし、何よりの財産だというふうに思っています。
 
──では最後に、来場を考えられている方、関心を持たれた方に改めてメッセージをいただければ。
 
水谷 来場くださった方には、コロナ対策もありすごいご不便をおかけして、ちょっと見づらい環境になってしまうことを申し訳ないなと思うんですけども、ぜひ来ていただいて、多くのうちのサポーター、よく来てくれているサポーターもあった久光のこと、久光の活動をみんな知っているので、それを隣の人に発信していってほしいなと思ってるんですね。こういうような活動してきた選手がいて、こういう思いでやってきてくれて、彼は「小児がんは絶対治る」と思ってるし、がんは治って普通の生活に戻れると常に信じて活動してきたと。そういう人間が世の中にいるのも、隣にいるのも当たり前だと思って、ちゃんと理解して生活しなくちゃいけないよねっていうことを彼は発信してくれていたので、そういうことを我々も伝え続けたいと思っています。ぜひ今回触れていただいた皆様には、そういうようなことを隣の人に伝えてほしいなと思いますね。
 

 
【「Global Gold September Campaign supported by 第一生命保険」概要】
期間:2021年9月1日(水)~30日(木)
主催:特定非営利活動法人 日本小児がん研究グループ
企画・制作・運営:エイベックス・ヘルスケアエンパワー合同会社
タイトル協賛:第一生命保険株式会社
特別協賛:アフラック生命保険株式会社
協賛:一般財団法人 京都仏教会、ハートリンク共済、特定非営利活動法人 ぷくぷくばるーん、株式会社村上農園
公式サイト:https://www.g-gsc.com 
 
【寄付について】
GGSCを通し、“支援の思い”にご賛同ただいた皆様にご協力いただけるよう、アーカイブ配信の視聴による寄付の他、銀行口座での募金方法をご用意しています。また、東京スカイツリータウン® の商業施設 東京ソラマチ®内にある、テレビ局公式ショップ~ツリービレッジ~にて小児がん支援グッズを、2021年9月1日(水)~30日(木)期間限定で販売します。収益は、日本小児がん研究グループ(JCCG)へ全額寄付し、治療支援及び研究支援を行います。小児がんで苦しむ子供たちやそのご家族を支援します。寄付についての詳細は、公式サイト(https://www.g-gsc.com/donation)をご覧ください。
 
 
【湘南ベルマーレ公式サイト】
https://www.bellmare.co.jp/
 
「ヒサと共に。2021」
◆日時
2021明治安田生命J1リーグ 第29節
9月18日(土)18:00キックオフ 湘南ベルマーレvsアビスパ福岡
https://www.bellmare.co.jp/268235


 
高崎計三
WRITTEN BY高崎計三
1970年2月20日、福岡県生まれ。ベースボール・マガジン社、まんだらけを経て2002年より有限会社ソリタリオ代表。編集&ライター。仕事も音楽の趣味も雑食。著書に『蹴りたがる女子』『プロレス そのとき、時代が動いた』(ともに実業之日本社)。

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