イトヲカシ
ROCKIN’ON JAPAN編集長 小栁大輔 氏による「中央突破」ライナーノーツ公開中!
2017.06.20
素晴らしい作品だ。
イトヲカシ、待望のファーストアルバムはその名も『中央突破』と名付けられた。聴けば聴くほど、驚くほどにタイトルどおりのメッセージを持った、とても潔い作品だ。
何しろ「中央突破」————である。
伊東歌詞太郎、宮田“レフティ”リョウ。
ふたりはこの世界をどう中央突破していこうとしているのか?
そもそもイトヲカシとはいかなる歌を歌うためのユニットとして生まれ、存在し続けてきたのか?
そして、なぜ歌詞太郎は歌い続けているのか? レフティはなぜメロディを綴ってきたのか?
『中央突破』は、そんな多くの根本的なあり方をめぐる「始まり」、そのすべてを書き記しているような作品だ。
この作品の潔さとは、音楽としての潔さでもあるが、それ以上に、「このアルバムをもってふたりが何をしようとしたのか」という立脚点の潔さのことなのだと思う。
ふたりがこのアルバムでやろうとしていること。
そう、それはあるひとつの「宣言」なのではないだろうか。
世界のど真ん中に立って、世界を肯定し続ける————。
この肯定のエネルギーで、世界のど真ん中を突破していく————。
そんな馬鹿馬鹿しいほどにまっすぐで、力強く眩しいひとつの宣言、である。
この真摯さ、というのは、実は歌詞太郎、レフティのふたりと会ったときの印象そのものだったりもする。
どこまでも律儀で謙虚で、目の前にいるひとりひとりのお客さんに向き合い、ひとつひとつのメロディや言葉に真正面から向き合うふたりのミュージシャン。
ふたりはこのアルバムに込められているシンプルで、老若男女誰しもに同じように伝わる、普遍的でまさに「中央突破」的であるメロディと言葉を綴るのに、どれだけの自問自答を繰り返してきたのだろう。
全10曲にわたって恐ろしいくらいに一貫している徹底的に開かれたメロディ、開かれた歌詞に触れていると、時間をかけ、心を込め、丁寧に丁寧に磨かれた球体のようなイメージが浮かんでくる。
少し音楽的な話をするなら、本作は2017年という時代が呼んだ新たなJ-POPと言ってもいいような、日々を生きる誰しもに響くポップソング集、ということになる。
旋律は流麗に伸びやかに綴られ、一本の美しい曲線を描き出し、そんなメロディに寄り添う歌詞で歌われているのは絶対の「肯定」————それは、あえて言うなら、「問題ないさ」「ドンマイ」「最後まで走れ」「毎日はいつだってスタートラインなんだ」「あなたが好きだ」、そんなあまりにダイレクトな言葉たちだ。
今、あなたがどんな状況にいて、そこにどんな未来が待っているのかはわからない、だけど、誰しもに伝えられるたったひとつの思いがあるとすれば、「それでも、日々は生きていく価値がある」というメッセージなんじゃないか————。
祈りにも似ているそんなメッセージこそが、『中央突破』の根底にあるものであり、ふたりがずっと追い求めてきたものなのだと思う。
そして、これからも追い求めていくものなのだとも思う。
このアルバムのクライマックスは、個人的には9曲目“ヒトリノセカイ”なのではないかと思っている。
ひとり静かにこの世界を生きていこう、という一縷の覚悟が歌われるミドルバラードだ。
「夜の街は華やいでいる。ひとりのホームから地下鉄に乗る。僕はどこに帰ればいいんだろう」。
そんなリアルな描写が迫る楽曲だが、何より素晴らしいのは、他ならぬサビのメロディに言葉が乗っていない、という裏腹な事実だったりもする。
とびきり美しく、親しみやすい形で飛び込んでくるメロディはずっと「あー」と歌われていく。
重要なのは、「言葉がない」この状態こそが、もっとも饒舌であるということだ。
歌詞太郎がどんな気持ちでこの歌を歌っているのかは僕にはわからない。
だが、きっとその歌には、シビアで虚ろな現実をなんとか生き抜き、明日を今日よりもいい日にしていくんだ、そんな毎日を過ごしていくんだ、というかすかな希望、あるいは精一杯の肯定が込められているのではないか。
歌詞太郎は、「そう」思わせるような優しい歌を歌っている。
メロディは時に、言葉よりも言葉の真意を伝えてしまう。
そんなポップソングのマジックがこの曲にはしっかりと宿っている。
あらためて、本当に素晴らしい作品だ。
このアルバムが持っている大きな意味は、今このシーンにおいてまっすぐに肯定を歌う覚悟と決意を持ったアーティストが、その使命において最高傑作を作ったということであり、ふたりがここからまた物語を始めるための、堂々たる宣言を行ったということだろう。
イトヲカシはこれから、時代の空気をどう抱きしめ、その背中を押していくのだろうか。
彼らの行く先には大きな可能性と、無数のコミュニケーションの種が広がっている。
この傑作アルバムの誕生を心から祝いたいと思う。
小栁大輔(ROCKIN’ON JAPAN編集長)